
ふらりと来たのだから、ふらりと去ってしまって何の不都合もない。飼ってやろうとか、うちにいていい、とか言う人間の思いは猫の考えとは相容れない。
残念だけれど、その白い猫は台風が去った後、二階のベランダから隣の家の物置の屋根に飛び降りると、そのままどこかに行ってしまった。
自分の意思で来たものは自分の意思で去る。
仕方のないことだ。
子供達はあの白猫がいなくなった、と残念がった。
ちゃんと自宅があって、帰ったのかもしれない。
でも、捨て猫か迷い猫なら、きっとこの辺にまだいるばず、と捜した。一度は、駅近くの駐車場の車の下にうずくまっていたので、連れ戻した。
連れ戻す、という言い方が、正しいのかどうか・・・。
二度目に出て行った時、きっと家があって、戻りたいのだろう、と思うことにした。
でも、それはとても遠いところにあり、何かの都合で道に出て、迷って、途中縄張りを主張する猫と争ったり、犬に
追いかけられたりして走って逃げて、遠くの町にきてしまった。だから、元いた家に戻れる可能性はとても小さいよう思えたけれど、自分の意思でそうしたい、と思っているのなら、そうさせるより他ない。
いなくなった後、ぽっかり心に穴が開いたよう寂しく感じていた。
仕方ないね。
出会いも別れも、他人がそれ以上頑張ってどうなるものでもない。
無事に生きて行くんだよ、と思って、眠りについた。
と、明け方、雨戸のむこうのベランダから、ミーミーと微かな声がした。夢か? でも子猫のような、遠慮がちな鳴き声だけれど、空耳ではない。
開けてみたら、彼が戻っていた。
自分の意思で、ここが家、と決めて戻ってきたと、私は理解した。
では、名前をつけなくてはいけないね。大きくてロシアの猫みたいだから「イワン」ってしようか。そんな単純なことで、イワンと言う名になった。随分後になって分かったことだが、ロシア読みのイワンは、もとをたどれば、ヨハ
ネ、のことである。
そして、どれだけ大きな心を持って、私達を支えてくれたか。突然現れ、その時には相当な年齢になっていたが、その後10年、今までいた猫をよく面倒を見、何より日常生きることで心がすぐ挫ける飼い主の支えとなった。もしかしたら、私達は試されているのかもしれない。ある時、突然に煙がブワ~~っと出て、長い杖を持ったお爺さんが現れ、あなたたちは良いことをなさった、と変身するかもしれない、と子供達とよく言いあったものである。